システム生物学、生物物理学、普遍生物学、複雑系科学などと呼ばれる分野の諸問題について、主に理論的な手法を用いて研究しています。何の分野の研究者と呼ばれるかについては、私自身はあまり気にしていません。
良い本を読んだ後、本を閉じて窓の外を眺めたり、あるいは良い映画を観た後、映画館を出て街を歩いたりする時に、それまでとは世界がどこか違って見えることがあります。同じような経験をした方も多いのではないでしょうか。
良い研究というのも、それに類するものだと思っています。その結果を知った後では、生物や生命現象に対する見え方が変わるような研究をしたいと考えています。
私が考える良い研究とは、例えば以下のようなもので、かつ結果が普遍的であるものです。
- 自明である、あるいは重要でないと考えられていた、既知の現象や性質が、非自明かつ重要であると指摘する研究
- 未知の現象や性質を新規に見出す研究
- 無関係であると考えられていた複数の事柄の間に、新規に関係を見出す研究
- 複雑で研究の俎上になかなか載せられないと思われていた現象を、より簡単な問題として記述し直し、新規の仕組みを見出す研究
久保亮五先生は『基礎と応用』という文章(参照先)の中で、「その上に何かあるものが構築され得るだけの基礎を探究する、というものだけを基礎研究と呼ぶとすれば、それは実用を目的としない研究というのとはちがった意味である」と述べており、また「実用を、物の役に立つことといえば、基礎的研究ほど実用的なものはない」とも述べています。もし我々の生命観を変えるような研究ができれば、将来的にその上に多くの構築物が築かれることと思います。
具体的な研究内容
私は大まかに以下のようなことに興味を持っています。
- 生命システムの頑健性と可塑性
生命システムは変化しにくさと変化しやすさをどのように両立させているのか? - 生命システムの時間スケール
とても速く進む化学反応によって、どのように我々の生きている時間スケールの現象が構成されるのか?
生命現象は様々な階層に跨っているが、それぞれの時間スケールのギャップはいかにして埋められているのか? - 生命システムの複雑性の進化
生命システムの発展には複雑化は避けられない(多細胞化、生態系・社会の構成)が、複雑性はどのように進化していくのか?
今までに、具体的には以下のような対象について研究をしてきました。
- 概日時計の環境変化に対する頑健性・可塑性の研究
- 酵素量の変動による生化学反応の時間スケールの制御の研究
- 酵母における新規の細胞間コミュニケーションの研究
- 経済学的手法を援用した代謝システムの研究
- 多倍数のゲノムコピーを持つ生物の生理・遺伝・進化の研究
- エピジェネティクスを考慮した遺伝子制御ネットワークによる細胞分化・脱分化の研究
- 熱力学的力によるミトコンドリアの等間隔パタンの形成の研究
これらの研究に関しては、関連する研究を現在も続けています。
私自身は、上に書いたように、生物や生命現象に対するものの見方が変わるような研究をしたいというのを第一義として考えていますので、特定の対象に拘っているわけではありません。
生命における普遍的な性質を様々な角度から記述することで、我々の生命観を更新することが、生命とは何かを理解し、改めて定義することにもつながると考えています。
学生の方の研究について
学生の方は、広い意味でのシステム生物学、生物物理学、普遍生物学、複雑系科学に関係することであれば、何の研究をしていただいても構いません。
私からは何かのテーマを与えることは基本的にはありません。学位を取得して研究者を含む何らかの職に就く場合、問題を発見し、それを解決するためのアプローチを提案し、それを(部分的にせよ)実現し、そして文書などの形でまとめるという一連のプロセスを、ある程度のレベルで実行する能力が求められます。私からテーマを与え、それを強制するということは、この一番目と二番目の教育の機会を奪うことになりますので、それは基本的には行いません。
ただし、それは学生の方を放置するというわけではなく、どのような研究テーマを選択するかについては、畠山は十分な議論の時間を取りますので、重箱の隅をつつくようなテーマではなく、議論の中で自分なりに重要な問題を見つけていただければ良いと考えています。
ですので、自分で新しい問題を見つけたいというモチベーションを持った方には、当研究室は良い環境を提供できると考えています。ただし、独りよがりになれという意味ではなく、あくまでも他者との議論の中で、研究テーマを見つけていくことが重要です。
また、理論の研究をする上で、数学や物理、プログラミングなどの基本的な能力は必須です。大学で生物学など、数学や物理学以外の学問を専攻していたから理論の研究ができないかというと、そんなことはありません(実際に、私は大学では基本的には電気工学を学んでいましたし、修士では分子細胞生物学実験を行なっていました)。その場合は、研究をしながら、同時に数学や物理、プログラミングを学んでいただく必要があります。また、他分野をきちんと修めている方が理論生物学の研究を始めた場合、数学や物理を専門に学んできた方とは異なる視点で問題を発見できる可能性があります。自分の経験は自分だけのものですので、基礎的な能力を身につけつつ、自分の履歴を最大限に活かす術を見出していただければと思います。