代謝というのは、細胞内で物質を次々と変化させていくプロセスです。
遺伝子制御システムなどでは、通常、質量保存則はあまり意識されませんが(もちろん、全ての化学反応は質量保存しているのですが、遺伝子Aが遺伝子Bを制御していたとしても、遺伝子Aの発現量と遺伝子Bの発現量が保存しているということは通常はない)、代謝システムでは、物質を次々と変化させていく都合上、質量保存則にその振る舞いが大きく制約されます。
また、代謝システムは進化によって比較的最適化されやすいと考えられています。
この制約と最適化により、代謝システムは定量的な解析が比較的容易であり、Palssonらによるフラックスバランス解析をはじめとして、様々な解析手法が開発されてきました。
しかし、これらの手法を用いるためには、基本的に、それぞれの細胞の代謝システムの詳細な情報や、また細胞が何を最適化しているかという本質的に知り得ない情報が必要です。

我々は、この進化による代謝システムの最適化が、ミクロ経済学における消費者行動の理論の枠組みを利用して表現できることに気づきました。
これだけだと、単にちょっと面白い表現方法を考えただけに思えてしまいます。
しかし、経済学の理論を援用することで、任意の代謝システムについて、その構造の詳細な情報や、あるいは細胞が何を最適化しているかを知らなくても適用できる、線形の関係式が普遍的に成り立つことを見出しました(Yamagishi, TSH, PRL, 2023)。
この線形の関係式を用いれば、グルコースなどの栄養源の量を変化させた時の代謝システムの応答を観察するだけで、代謝システム中のある代謝経路を薬剤などで阻害した時の応答を、定量的に予測することが可能です。
この線形関係は、代謝系特有の質量保存則のために普遍的に現れるもので、通常の経済学の系では現れません。

実際に、呼吸と発酵という、エネルギー源であるATPを合成するための2つの経路に、この線形の関係式を適用してみます。
すると、ワールブルク効果(オーバーフロー代謝ともいい、呼吸経路を使えば1つのグルコースからより多くのATPが合成できるにもかかわらず、発行経路を用いてATP合成を行うこと)が生じている場合、呼吸を薬剤などで阻害すると、その効率が落ちているにも関わらず、最適化の結果として細胞はより多く呼吸を行うようになるだろうという予測ができます(Yamagishi, TSH, Bull. Math. Biol., 2021)。
実際に、この振る舞いは酵母やガン細胞などで観測されています。

関連論文

  1. 経済学と代謝システムが関係しそうだと思ったのは、金子研の論文紹介でAlon研の代謝の論文紹介を聞いた時に、出てきた図がミクロ経済の図にすごく似ていたから。それで、経済学をちょっと勉強して、ギッフェン財は代謝にはありそうだなと、計算機演習の学生だった山岸くんに雑談で話していたら、オーバーフロー代謝はそれっぽいんじゃないかという話になった。 ↩︎
  2. オーバーフロー代謝の論文の話は一般化できるよなと思っていたので、自然な続編だった。経路レベルの話に限ればものすごく綺麗だが、反応レベルに直す話があるために、やや煩雑になったかもしれない。 ↩︎