栄養が十分にある状態から、栄養がない飢餓環境に移行すると、生存できる生物の数が大きく減ることになります。
そのような状況下で生き残るためには、例えば生物同士で協力したり、あるいは他の生物の増植を阻害したり殺したりする必要があります。
これは微生物でも同様であり、微生物でも同種・異種細胞間での協力や、あるいは異種細胞間での競争のための様々な方法が知られていました。
ただし、同じ遺伝情報を持つクローン細胞同士で競争し合うことは、通常、ほとんどないと考えられてきました。
自分のクローン細胞の増殖を阻害したり、あるいは殺すということは、自分や自分の子孫の細胞が増殖できなくなる可能性もあるからです。

我々は、単細胞の菌類である酵母が、グルコース飢餓環境において、培地中に自らのクローン細胞であっても殺してしまう毒を分泌するという現象を、初めて発見しました(Oda, Tamura, Kaneko, Ohta, and TSH, PLoS Biology, 2022)。
これだと、一見、上述のように自分や自分の子孫の細胞も死んでしまうように思われます。
しかし、酵母は毒を出すとともに、この毒に適応し、また適応状態を子孫に受け継ぐことによって、先に飢餓に適応していた細胞の子孫は死なずに、後から飢餓環境にやってきた"新参者"だけを選択的に殺すことができることを示しました。
我々はこの現象を「新参者殺し(latecomer killing)」 と名付けました。

この新参者殺しは、単細胞から多細胞生物への進化にも重要なのではないかと考えています。
多細胞生物の増殖には、細胞間での相互の増殖促進だけでなく、アポトーシスを含む細胞間での増殖抑制も必要です。
このうち、前者の増殖促進については、単細胞微生物でも、同種細胞間での協力として様々な形態で見ることができます。
しかし、後者の増殖阻害については、前述の通り、単細胞微生物ではほとんど見られたことはありません。
そのため、我々は、この毒と適応を組み合わせたシステムが、多細胞進化の鍵を握っているのではないかと考えています。

関連論文

  1. 元々は、小田さんに分子生物学的な研究のモデリングについて相談されていた。しかし、細胞増植を見ないとやっぱり生理学的な意義はわからないと、増植を観察する系を一緒に組むことになった。そうすると、変な増殖曲線が観察できた。それを説明するために、毒を出しているのでは?という仮説と、それを検証する実験デザインを提案したら、実際に毒を出していることがわかった。当時の駒場に存在した複雑生命システム動態研究教育拠点の全体セミナーで発表するまでは、途中経過を発表することなく小田さんと僕の二人だけで進めていて、その間、太田さんと金子さんは何をやっているかすら殆ど知らなかったはずだが、すごく自由にやらせてもらった。 ↩︎