概日時計とはいわゆる体内時計というやつです。
概日時計によって生じる概日リズムは、以下の3つの性質を普遍的に示します。

  1. 概日リズムは、環境が一定であっても、約24時間周期のリズムを刻み続ける。
  2. 概日リズムの位相は、外部環境(光強度、温度、栄養環境など)が変化した際に可塑的に変化し、外部環境の周期的な変化に同期することができる。
  3. 概日リズムの周期は、温度や栄養環境の変化に対してほとんど変化せず、頑健である(周期の温度補償性・栄養補償性)。

このうち、3番目の周期の温度補償性は、生化学反応速度は温度が上昇すると速くなることから、もっとも非自明なものです。
我々は、シアノバクテリアの概日時計のモデルを構成することで、酵素として働く分子の取り合いによって、この周期の温度補償性が生じるという新規のメカニズムを見出しました(TSH, Kaneko, PNAS, 2012)。シアノバクテリア概日時計モデルだと、振動が生じるメカニズム自体に酵素の取り合いが重要なので、振動を生むメカニズムと周期の温度補償性を生むメカニズムが共通であるということを意味します。
また、同様のメカニズムで周期の栄養補償性も説明できることを示しました(TSH, Kaneko, FEBS Letters, 2014)。
この理論によれば、酵素の量を増やしていけば取り合いの効果が弱くなり、周期の温度補償性が弱くなることが予想されますが、この予想は近年の実験で実証されています(Ito-Miwa, Furuike, Akiyama, Kondo, PNAS, 2020)。

また、2番の温度変化に対して位相が変化するということと、3番の周期が変化しないということは、一見両立しないように見えます。
しかし、我々は、周期が温度変化に対して頑健であれば、つまり変化しなければ、必ず位相が温度変化に対して可塑的になる、つまり変化しやすくなるという定量的な関係があることを見出しました(TSH, Kaneko, PRL, 2015)。
これは、今まで別々であると考えられていた二つの概日リズムの性質が、実は鏡写のように不可分であることを意味します。
生命システムにおいて、様々なレベルで頑健性と可塑性が両立しているように見えますが、この研究は、生命システムの頑健性と可塑性の関係についての定量的かつ普遍的な関係を与えるものです。

関連論文

  1. 博士から金子研に入り、修士の時にやっていたことと違うことをやりたいなと思っていたが、金子さんに概日時計の温度補償性はどうなってるの?と聞かれて研究を始めた。
    シアノバクテリアの概日時計のモデルをいじっていると、周期が変な温度依存性を示したので、謎だなと思っていたが、GWに研究室に行って金子さんと話して、その夜にシャワーを浴びているときに、活性化エネルギーの問題で変な温度依存性が出ていることに気づいて、温度補償性のメカニズムに気づいた。 ↩︎
  2. 最初の論文がプルーフの段階で、そういえば概日時計には周期の栄養補償性という性質があって、それも周期の温度補償性と同じメカニズムで出ると思うんですよね、と言ったら金子さんに、そんなのプルーフの段階で言われても書けないよ、と言われた。仕方ないので、もう一本論文を書いた。
    当時は論文の出版のシステムを全然わかっていなかった。 ↩︎
  3. 最初の論文を書いていて、誰か(岩崎さんか、伊藤さんか、村山さんか、金子さんのうちの誰かか、あるいは複数だったと思う)に、これは温度周期に対して同期しないの?と聞かれたので、Yoshida, Murayama, Ito, Kageyama, Kondo, PNAS, 2009の再現をして、論文のサプリに載せた。その後、金子さんに、これって温度補償性がないと同期できないの?と聞かれたので、できないんじゃないですかと答えて、ちゃんと調べてみると定量的な関係がありそうだというのがわかった。
    その後、論文化の時に、金子さんに、酵素の取り合いはめっちゃいいからそっちの話として書けば、と言われたが、シアノバクテリアの時計だけでなく、もっと普遍性がある話だと思ったので、振動のメカニズムが違っても周期の頑健性と位相の可塑性の間に共通の関係が成り立つということを示した。 ↩︎